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「すぐ謝ってその場をやり過ごしていたわたし」が変わり始めたかもしれない

「愛して欲しかった」って言ってもいいんだよ を書いてから、自分の中で劇的に何かが変わろうとしているのを感じる。

たくさんの「いいね!」をもらい、SNSでもたくさん拡散してもらった。感想ももらった。そこでわたしは「ああそうか、同じような思いを持っている人はわたしだけではなかったんだな」とすごく勇気をもらった。

その勇気を胸に、母にLINEしてみた。「カウンセリングで言葉にできるようになった気持ちがあるんだ、わたし視点の気持ちだから傷つけたらごめん、でも読んで欲しい」と、記事のURLを添えて送った。電話が来るまで不安でドキドキしたが、しばらくしてかかってきた電話口で、少し涙声で母はこう言った。

「あなたの辛さや、寂しさ、苦しさみたいなものの原因がわたしにあることは気づいていたよ」

その後は、たくさん話をしてくれた。母がわたしを産む前から、わたしを育てている間、今と、ずっと感じてきたことを、正直に。そしてわたしの愛情不足を理解してくれ、ゆっくりこれから埋め合わせをしていこうと二人で話した。

母は、受け止めてくれたのだ。もう32歳の娘の、「もっと愛して欲しい」という気持ちを。しかも母としては一生懸命育てたのだから、複雑な思いもあっただろう。それでも、受け止めてくれたのだ。

それはわたしの中で何かが爆発するような大きな出来事だった。「自分の思ってることって、伝えてもいいんだ」という、多分とても当たり前のことを、はじめてやってみてよかったと思えた体験だった。


そして、昨日。友達とすこし気持ちの行き違いが起こったことがあった。友達が良かれと思ってやってくれたこと(実際内容はとても合理的だ)でわたしは自分を否定されたように感じてしまい、一人でモヤモヤとした気持ちを抱えていた。

他者に意見を聞いたり、こう感じてしまったんだ、ということを聞いてもらったりもした。これはいつものわたしの行動だ。本人に伝える勇気がなく、言っていいこととも思えず、他の場所で愚痴のように気持ちをこじらせ、疑心暗鬼をつのらせ、そんな自分が嫌いになっていった。

しかしその後、時間はかかったものの、気持ちが落ち着いてくると、いつものわたしの心の中の動きが形になって見えたような感覚があった。それは、「いつもわたしは相手の気持ちに沿わないといけない」と思っていることが多い、ということだ。

小さな頃からコミュニケーション、特に対面のコミュニケーションが苦手だった。相手が意見をぶつけてきたときや衝突したとき、わたしは怖くなってしまい、すぐに謝り、自分を下げて問題を片付けることが多かった。それなのに頑固で自分の意見も言語化できずに持っていたから、厄介だった。自分の意見は胸の中で腐ってわたしを苦しめた。

もちろん謝るのが必要な場面はいい。でもわたしは、衝突が起こるのが怖くて、相手に嫌われたりめんどくさいと思われるのが怖くて、衝突の場から逃げ出したくて謝り、自分が悪いことにしていたのだ。相手からも問題からも逃げていたのだ。自分の気持ちをその場で言語化するまで吸い上げることが苦手だった。

そこで、母に気持ちを伝えたときのことを思い出した。相手は友達であって母ではないが、信頼している友達だ。めんどくさいと思われるかもしれない、傷つけるかもしれない、それは怖いけれど伝えてみよう、と。

だってわたしは自分の気持ちに気づいてしまったから。それに蓋をするのは、母とのことの繰り返しだし、相手の思ってることと、自分の思ってることが違ってもいいのだ。だって別の人間だ。そして違う気持ちを伝えてもいいのだ。

母との体験が力になったわたしは、友達に長文のメールを送った。まだ怖いので時折「申し訳ない」と言いながらではあったが、正直に「自分が否定されたように感じた」「あなたの気持ちは分かっているけど伝えたいと思った」と。友達は気持ちをしっかりと受け止めてくれた上で、自分が考えていたことも伝えてくれた。わたしは受け入れられたと感じ、行き違いを解消するため「頑張る/耐える」ではなく具体的な手法を考えてみようと思い始めた。

「相手の感情は相手の感情であって、自分の感情は自分の感情だから、別物であって、気持ちを伝えることをしてもいいんだ」。とても当たり前のことかもしれないが、わたしはここまで思い至ることが、今までずっとできなかった。

今もまだ変化の途中だし、うまくできないこともあるだろう。でも、自分の気持ちを持っていることを今までより少し大事にできるようになった気がする。そして、優しく見守ってくれる周囲の人たちの存在を感じて、暗く真っ暗で見えない未来にキラキラ星が輝き始めたように感じた。

未来は、暗いから見えないのではない。明るいから、明るすぎて見えないのだ。(これは、昔見たドラマの受け売りである)今はそんな気持ちだ。


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「すぐ謝ってその場をやり過ごしていたわたし」が変わり始めたかもしれない

Minako Masubuchi / Artist

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Minako Masubuchi / Artist

Artist, JPN / 何が出るかな何が出るかな / 生きづらさの末に精神障害診断 / 4歳くらいからピアノ10年、学生時代は体育と英語が得意、数学ダメだけど証明問題は好き https://instagram.com/minakomasubuchi_jpn

気になったノートたち01

私が気になったノートを集めたものです。続きは02で。

コメント2件

言葉にできなかった気持ちを言葉にして伝えるのって、凄く大変で勇気の要ることだと思います。それができたこと、受け止めてくれる人達であったことはとても幸せな経験に感じました。応援しています。
Soilaさん、いつもたくさん応援していただいてありがとうございます!言葉にできなくても自分の意思って意外と人はしっかり持ってるんだなーと思い、伝えることの重要性をすごく感じました。最近そういった、自分にとっては新しいことに挑戦してばかりなので怖かったりして気分も荒れますがw、やはり伝えるとスッキリしますね。周りの人に恵まれていることも改めて実感できました。ありがとうございます(^ω^)
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