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「変な子」と言われたくなくて

「いい子だね」と幼い頃からよく言われた。そう言われると、ああこれでいいんだと思えた。嬉しくはない。でも「間違っていない」と言われているように感じて少し安心した。

「ちゃんとお留守番しててえらいね」
「弟くんの面倒みてえらいね」
「しっかりしててえらいね」

大人たちは実に勝手なことを次々と幼いわたしに言ってきた。それは褒め言葉だったのだと、今わたしも大人になってわかる。だけど幼いわたしにはなにも嬉しくなかった。いい子だなんてじっとしてれば言われる、当たり障りない言葉に感じた。変なことを言わなければいい子。

だから、わたしにとって「いい子」は「ふつう」だった。プラスにもマイナスにもならない。

本当は暴れてわがままを言いたい衝動もあった。おもちゃが欲しいと駄々をこねて床を転げ回る同年代の子どもを冷ややかな目で見ながら、心の中で少し憧れていたけれど、できなかった。素直になれなかった。


そうやって抑えに抑えてきた自分の中のエネルギーは、22歳の頃に爆発した。会社でちょっとしたミスをしていつものように注意されたあと、席を外して衝動的に大量の薬を飲んだ。

飲んだ薬は、はじめて心療内科にかかったときの処方薬だ。何かから逃げたくて病院に駆け込んで薬をもらっていた。


その後、10年ほどの歳月がタイムマシンに乗ったかのように過ぎていって、「双極性障害Ⅱ型」という診断が下りた。根本に「境界性パーソナリティ障害」の傾向があることもわかった。「アダルトチルドレン」「愛着障害」など、浮かんでくる問題は絶えない。

ずっと「変な子」と言われたくなくて、自分を強く抑えつけた。人に自分の気持ちを伝えるのがこわくて、大好きな母にすら甘えられなかった。

だって、おかあさんはいそがしいから。
おかあさんは、わたしたちかぞくのためにはたらいているから。

忙しい母の邪魔になっちゃいけない、迷惑をかけちゃいけないと思い、幼心にたくさんの思いを積もらせていたことに気づかなかった。


障害は個性だとか、テレビなどのメディアは好き勝手にものを言う。障害があってもあなたはあなただよなんて言う。だけど、わたしはわたしが誰なのか、なんなのかわからない。誰かに教えて欲しいくらいだ。


気分の激しい波は「変な子」。だから薬で抑える。上がりすぎても、落ち込みすぎても迷惑だからだめ。

物事をねじまげて捉えるのも「変な子」のすること。友だちが言ったことはわたしを思ってのことだから、悲しくなったらだめ。

「あなたには必須です」と言われたからカウンセリングを毎週受ける。思い思いのことを50分間カウンセラーに話すのを続けなきゃだめ。時間が終わるといつも言われる。「来週もまた来てくださいね」。それはいつまで続くのだろう。


どうして、実家の家族も、弟夫婦も、わたしの夫も、飼ってる猫も元気で、友だちもいて幸せなのに、わたしは幸せと感じられないんだろう。

本当は幸せなんだ。幸せなのはわかってる。でも頭でしかわからない。体に入ってこない。染み渡っていかない。まるで、からからの砂漠に水をあげ続けているように、無駄なことをしている感じがする。花が好きだから種を植えようと思うけど、この砂に埋めてもすぐに風で飛んで行ってしまうことを思うと植えてみる気にもならない。

360度見渡しても乾いた景色が続くだけで、愕然とする。

大人になればきっと。やりたい仕事ができればきっと。結婚できればきっと。そうやっていつも外に何かを求めることしかできなかった。


「変な子」と言われたくなくて行き着いた先は、いつも愛情に飢える、からからの砂漠。

もっと早くに気づいて、変な子でいてもよかったのかもしれない。そうしたら、変わった形でも花が咲いたかもしれないのに。変な花だね、って笑われたとしても、「悪くないな」くらいに思えたかもしれない。

でもわたしは笑われたくなかったのだ。笑われる勇気がなかった。だから自分を「いい子」の型に合わせて押し殺し続けた。


今日もわたしは薬を飲む。「いい子」になるために。

そして、カウンセリングでは心のかさぶたを剥がす。涙が出るけど、やめることはできない。それがわたしの生きづらさの鍵だと言われているから。「いい子になろうとしていた自分」を一生懸命掘り起こして言葉にしてはボロボロと泣き続ける。

一体これがあと何年続くのだろう。わたしはたぶんこのわたしでしか生きられない。どんなにアンバランスで、悔しくて泣いたとしても。

いつも気分は曇り空。つかの間の晴れを待ちわびて過ごす。辛くても自分で命を終わらせることはできない。それはとても悪いことだから。

「変な子」ではどうにも生きづらい。今日もわたしは薬を飲み、なんとかこの社会で生きようともがき続ける。「社会」が一体何なのか、その実態も見えていないのに。

読んでくださってありがとうございます!とある作文コンクールに2017年の夏に応募して見事落選した文章に少し手を加えてみました(^ω^)リアクション、シェアとても喜びます!

#イラスト #コラム #エッセイ

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Minako Masubuchi / Artist

Artist, JPN / 何が出るかな何が出るかな / 生きづらさの末に精神障害診断 / 4歳くらいからピアノ10年、学生時代は体育と英語が得意、数学ダメだけど証明問題は好き https://instagram.com/minakomasubuchi_jpn

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コメント4件

考えさせられるノートでした。すごく。ますぶちさんの幸せは、ますぶちさんが幸せに感じた事でしか得られないのだと思います。周りから植え込まれた幸せの価値観、ではなく。いつか、そんな生き方が見つけられるといいな、と思います。
Soilaさん ありがとうございます。自分が感じる幸せを貫くのがなかなか難しい場面もありますが、折り合いをつけてうまくやれたらなぁと思います。
初めまして。文を発表してくれてありがとうございます。
桐原歌子さん はじめまして!読んでくださってこちらこそありがとうございます😊
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