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名前が欲しいんだ

名前の座りが悪い。以前はひらがな表記にしていた自分の名前にはもう戻れない。「今までの自分は他人にも自分にも嘘をついて生きてきたんだ」と実感したあの日、山ほど登録しているあらゆるプラットフォームで、自分の名前の表記を焦ってアルファベット表記に変更しまくった。

ただ、アルファベットだと口頭で名乗るときは結局今までと変わらない音の響きを口にすることになるし、名前が変わった実感はちっともない。今は「マスブチミナコ」とカタカナ表記にすることで、テキストであれば多少違いが出せるくらいだ。

イラストレーションを仕事にしようと思ったときから、自分の名前を使おうと思っていた。作品が世の中に出るときに、ちゃんと自分の名前が添えられて欲しいと思ったからだ。ひらがな表記を使っていた頃は、「角が全くない字面だから、絵柄と合っててすごくいいね」といわれたこともある。


昨日の深夜にグラスを流しに投げつけて割った。こんなことをしたのははじめてだ。

ぐずぐずとした気分をいまだに引きずりながら眠ったり、起きたら泣いたり、音楽を聴いたりしていた。昨日少し音声のnoteで話した、画家のゴッホについて調べたりもしていた、そして、ゴッホの名前が、死産で生まれてきたゴッホの兄の名前と全く同じだったことを知る。ゴッホはひどくショックを受けたそうだ。自分の名前は、自分のための名前ではなかった、と。

もし自分が子どもを産んだとしたら、一番怖いのは「名付け」かもしれない。わたしはよく人の名前に込められた意味を聴いたりする。「〜な人になって欲しい」「(有名人など)のようになって欲しい」という願いを込めて、子どもに名前をつける親がほとんどなのだろう。そういえば、野球選手の松坂大輔選手の世代は「だいすけ」という名前がとても多かった。サッカー選手でもよく見かけた。もっと昔に活躍した野球選手に「だいすけ」という選手がいたそうで、そんな風になって欲しいと名付けられたと皆言っていた。

自分の子どもに希望を込めて名前をつける。それは美しいことだと思うけど、その子どもにとっても希望になるのだろうか。自信がない。自分の子どもであっても別の人間で、独自の人生を歩んでいくのに、名前が足枷になってしまうことがあったらどうしたらいいんだろう。

芸術家が自分の作品に「名称未決定」のようなはっきりとした名前をつけないことがあるけれど、その意味がよくわかる気がする。自分で言い切れる確かなものを名付けられない気持ちと、鑑賞した誰かに決めて欲しい気持ち。


わたしの名前には両親の人生の影響から「普通の子になって欲しい」という思いが込められているそうだ。小さい頃から今まで数えきれないほど聞いた。両親の思いは理解している。でも、わたしは両親が思ったような人間にはなれなかったし、「普通」に居心地の悪さを感じて逃げられない世界に苦しみ続けている。もっとも、これはわたし自身の問題だと思うから、例えばまた違う意味合いの名前だったとしても、やっぱり生きるのは苦しかったのだろう。

ゴッホは様々な職で働こうとしながら、どこでもうまくいかずに27歳で画家になることを決めた。画家でやっていくなんて大変なんてものじゃないだろうけれど、ゴッホには画家になる道しかなかった。それでも幼い頃からの様々な病気などで周囲の人は離れていき、ただひとり共同生活を受け入れてくれたゴーギャンとの日々も2ヶ月で終わってしまう。ゴッホが亡くなった(他殺説もあるらしい)のは37歳だそうだ。わたしは今35歳。

ゴッホのお墓はパリから離れた村にあるらしい。パリで画家生活を送ったこともあったゴッホは、パリはどうも合わないと思っていたようだ。お墓には、隣にゴッホを長年支え続けた弟のテオが眠っている。テオの奥さんが、ゴッホの横にテオを葬ってあげたのだそうだ。隣に支え続けてくれたテオが眠ってくれていることで、ゴッホはどれくらい救われているのだろうか。

フランス語は全く喋れないけれど、華やかなパリを素通りして、ゴッホとテオのお墓に行ってみたい。


それから、自分の実体がよくわからないまま、ふわふわとあちこちに偏っては苦しむ自分に、何か違った名前が欲しい。実際に改名手続きをとるとか、そこまででなくてもいい。今の名前とつながりがあるといいな。その響きだけで強くなれそうな名前が欲しい。

でも、わたしを心から支えてくれる人たちとの関係性に名前がつけられないように、名前をつけようなんて考えがどうかしているのかもしれない。ただ、絵なり、音楽なり、写真なり、文章なりで、最近やっているようにただ自分の中の矛盾して複雑化した苦しみを吐き出し、どんなに苦しくてもそれを繰り返し紛らわすことでしか生きていけないのだろうと思う。

じゃあ、自分の名前は一旦いいや。この孤独感に、理解されない苦しみに、気が触れそうな衝動を抑えるわたしのこの性質に、名前をつけてくれよ。

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人生を生き直す長い旅をしています。お返しは何もできないかもしれませんが、旅のおともにいただけたらとてもありがたいです。

きっと生きて会えますように
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Minako Masubuchi / Artist

Artist, JPN / Artist, JPN 視覚と音楽や文章、感覚全てを使って日本の生きづらさを突き抜けたい https://instagram.com/minakomasubuchi_jpn

コメント1件

はじめまして。
ゴッホと同じく、サルバドール・ダリも夭逝した兄の名前をつけられ、兄の生まれ変わりとして育てられています。
自分の(つまり兄の)名前がついた墓の前に連れて行かれて大きなショックを受け、生涯強い葛藤を抱いて生きたそうです。
https://www.musey.net/3931

わたしは今、仕事の上では自分でつけた名前を使うことが多いです。
決めるまでにずいぶんかかりましたが、親の願いとは別に、わたしが価値をおくもの、なりたいものへの願いを込めた名です。

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今夜は心地よく眠れますように。
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