「若い人は歩くのが速いのね」

公園で歩いていると知らないおばあちゃんが感心するようにわたしに言ったので、少しハッとした。

「若い人は歩くのが速いのね」

確かにわたしはまだ33だし、歩くのも遅い方ではないと思う。自動販売機でお茶を買おうと気持ちがはやっていたので、更に速くなっていたかもしれない。

でも、なんだかそのおばあちゃんを寂しくさせてしまったかもしれないということに、寂しくなった。


そして、脳内には自分のおばあちゃんの記憶が懐かしいお線香の匂いと共に広がる。


わたしが20代の頃に亡くなった父方のおばあちゃんは、主婦のプロみたいな人だった。生きてきた年齢のぶんだけ手にはしわがいっぱい刻まれていたけれど、わたしより数倍もテキパキ速く動いていた。

年末はお正月のおせち作りを教わりながら手伝ったことを思い出す。父とわたしが大好きな伊達巻き。はんぺんをミキサーにかけながら、あのふわふわの食感はこうやってできていたんだと知る。

分厚く流し込んだ卵がきれいな焼き色になったときはおばあちゃんと2人、小さなキッチンで喜んだ。巻き方はやっぱりおばあちゃんが上手で、でも歪んだわたしの伊達巻きを「みなちゃんが作ったから」と、一番目立つところに盛ってくれた。


おばあちゃんは膝が悪かった。
長く暮らした家の中では勝手が分かっていたからうまく動けただけだったのだろう。コタツから立ち上がるときに「よっこいしょっと」と大きく掛け声をあげていて微笑ましかった。

でも、だんだん、家の2階におばあちゃんが行かなくなったことに気づいてはいた。2階には足踏みミシンがあって、昔はその部屋からよくカタカタと音がした。たくさん服を縫ってくれた。わたしのリカちゃん人形の服まで縫ってくれた。

おばあちゃんは急な階段を、もう上れなくなっていたのだろう。外を歩くのも大変だったのかもしれない。


そんなことを、歩くのが速いのねと声をかけられただけで思い出す。思い出の引き出しを引っ張るのは簡単だ。あっという間に、わたしはコタツでうたた寝しているおばあちゃんを起こさないように見守っていた少女に戻る。


話しかけてくれた知らないおばあちゃんは、わたしの歩く速さのことしか言っていない。でもなんだか、色々なことを思い出したり、気づかせてもらったような気がする。

今度そのおばあちゃんを見かけたら、少し歩調をあわせて「寒いですね」なんておしゃべりでもしてみようかな、なんて思う。もう天国に行ってしまったわたしのおばあちゃんと一緒に散歩できるシステムは今のところまだ開発されていないしね。

人生は急ぐことばかりじゃ味気ない。電車の特急から各停に変えるとわたしは飽きてスマホばかり見てしまいそうだから、たまには歩く速さを変えてみる。

あっという間に霜が降りる季節になるだろうから、霜を見たら何歳になっても無邪気に踏み歩きたい。そんなわたしを大人気ないと隣で笑ってほしいよ、おばあちゃん。

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