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中学生の夏、初めての嬉し涙

「ああこのままわたしのソフトテニスへ費やした時間は無駄になってしまうのかな」という気持ちが頭を掠めることが増えてきた中学2年生の頃。

わたしは小学校3年生から地域のテニスクラブに所属していて、大会にも出ていた。中学校に入学して「テニスをやってみたい!」というチームメイトの子達よりは、技術的にかなりアドバンテージがある状態だった。顧問の先生からも、先輩からも、「あの子は活躍するんだろうな」と期待されていた。

ボールを打つ前に1年生で話になって、みんなで声を出しながら素振りをしてフォームを覚えていった。先輩は一人一人アドバイスをして回っていったけれど、わたしの番になると「君は必要ないよね」と笑って順番を飛ばした。

同級生の部員たちはめきめきうまくなっていって、小学校のときから一緒にテニスをしている子としかペアを組めなかったわたしも、伸びてきた他の子とペアを組むようにもなっていった。

それでも大会になるとどうしても勝てない。中学生活にダレてはいたけれど、テニスは一生懸命やっていたと思う。一生懸命やっているのに、何が足りないのかも分からないし、どうしたらいいのかも分からない。

そんなある日、放課後の練習が終わった後に仲のいいメンバーでラリーの練習をしていると、見慣れないおじさんがベンチに座り、腕を組んでわたしたちを見ていた。誰だろう?と思いながらも気にせずラリーを続け、休憩しようとベンチの近くまで歩いてくると、そのおじさんは立ち上がって話しかけてきた。

「君がこの学年のエースだよね?俺は市内で有名な選手を育てたことがあるけど、あいつが2年生のときより今の君の方が実力がある。」その有名な選手は、他校の先輩だったけれど、自分の学校の先輩たちが全然敵わない、市内最強みたいな選手だった。だからポカンとした。そしてこの人は誰だ。

次の日から、しれっとそのおじさんは顧問の先生と一緒に生徒たちの指導をはじめた。おじさんは、顧問の先生がおしえてくれなかったようなことを色々と教えてくれた。フォームひとつについても、イメージをさせるような言葉をたくさん使っていてとてもわかりやすかった。

わたしは昔から朝が苦手で、大会の日でも遅刻しない程度に会場に集まり、自分の番になると試合に出る、ということをしていた。そこについてもおじさんは言った。「大会の日は、自分の試合の3時間前には起きなさい。朝食も早めにとって、試合前にお腹が空くようならバナナを食べるといいよ」試合の準備から試合ははじまっているのだ、といったことを繰り返し伝えてくれた。

わたしはおじさんのアドバイスをひとつひとつ肝に銘じるように覚え、だんだん試合でも結果が出せるようになっていった。

そして中学3年での市内戦。
わたしの学校は先輩の代からずっと市内最弱で、それを覆すのはわたしのひとつの夢だった。団体チームの選抜でも部員たちは様々な嫉妬や複雑な思いを抱えながら、それでも決められた役割を果たそうと頑張った。

どの学校も強敵だ。そして最後に当たった市内最強校。飾りのない、真っ白なポロシャツとスコートが凛々しく、いつもとても高いところにいるように感じさせていた。団体の他のペアが戦ったのち(結果は覚えていないけれど、確か二勝したと思う)わたしと先方のエースペアの戦いで結果が決まる流れだった。わたしは、いつも緊張してしまうスマッシュを決め、ボレーを決め、応援してくれる同級生や下級生の声が鳴り響く、暑い夏の試合を制した。

相手チームと審判に例をする、決まった流れのときから、わたしたちはもう泣いていたと思う。コートを離れ、サポーターたちのところに行く。みんなで泣いた。最弱最弱と言われたわたしたちが、こんなことを成せるなんて。ドラマで見るような「嬉し涙」ってもっと大人になって流せるようになるものだと思っていた。だけど、中学生のわたしたちが流しているのは、確実に嬉し涙なのだった。


わたしは中学卒業を機にテニスを辞め、高校生になって美術の勉強をはじめていた。そんなとき、中学の同じテニス部だった子や、さまざまなところから訃報が駆け巡った。あのおじさんが、急に亡くなってしまったとのこと。

葬儀場に行くと、これからおじさんにたくさん教えてもらうところだった下級生たちが泣きじゃくっていて、わたしはなんだか圧倒されて泣くこともできず、ただぼーっとしていたように思う。

わたしは今はもうテニスをやっていない。だけど、「おじさん」に教えてもらったことや、物事に向かう心構えみたいなものを、きっとたくさん使わせてもらっていると思う。まだ幼い中学生だったわたしが熱中していたテニスをもっと楽しくしてくれて、ありがとう。

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人生を生き直す長い旅をしています。お返しは何もできないかもしれませんが、旅のおともにいただけたらとてもありがたいです。

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Minako Masubuchi / Artist

Artist, JPN / 何が出るかな何が出るかな / 生きづらさの末に精神障害診断 / 4歳くらいからピアノ10年、学生時代は体育と英語が得意、数学ダメだけど証明問題は好き https://instagram.com/minakomasubuchi_jpn