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自分1人でも自分を理解できれば

久しぶりに寝込んでいて、いくらでも眠りたい、もっというなら意識を失っていたいという感覚。自分のやりたいことをあれこれやってみるも、発信して以前のような反応はない。

「ああまだわたしは”理解してもらいたいと思ってしまっている”」と気づかされる。理解してもらいたい、というのは人間にとってごく当然の欲求だと思う。だけど、様々な視点でわたしを理解しようとしてくれる人はいても、根幹のわたし自身を理解してくれている人はほぼいない。

これはわたしがアートの活動でもっと活躍できれば変わってくるのだろうかと思うと、そうではないと思う。有名になった表現者たちが、晩年にすごく孤独だったりとか、お金がなかったりとか、そんな話を聞くことがある。きっと有名になればなるほど、たくさんの賞賛をを浴びて、自分の中身を見てくれる人に出会いにくくなるんだと思う。


手放したくない思い出がある。それが必要なくなるときは、きっと自分が大きくなった時なのだろう。そのときが来て欲しいとも来ないで欲しいとも思う。

大切な思い出を手放してでも生きていかなければいけなくなったときは、椿を飾ろうと思う。ココ・シャネルの大事な花だ。椿はシャネルにとって語りつくせないほど大切な花だ。でも、椿の好きなところとしてシャネルが挙げている言葉を強烈に覚えている。

「椿は首から綺麗に折れて終わる。他の花みたいにグズグズ腐って残ったりしない。」

寒いのは嫌いだけれど、ココ・シャネルの生き方を知って椿を見るのが楽しみになった。また椿ばかり撮るのだろう。椿は日本でも美しい花だ。ただきれいに撮れたらそれでもいい。でもわたしにとっては椿は特別な花なのだ。

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きっと生きてまた会えますように
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Minako Masubuchi / Artist

Artist, JPN よくしゃべる芸術家です。生きづらい民。趣味は外国語と歌です https://instagram.com/minakomasubuchi_jpn

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