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ナマの声は「わるもの」じゃない

感じたことをすぐに発信することが、もうすっかり当たり前になった。

「疲れたー」とか「おなかすいたー」とか「こんなことがあって凹むー」とか。それは五感で感じるナマの声として、SNSに溢れている。そこがSNSの魅力でもあるし、わたし自身もそれをすごくおもしろいと思っている。

だけど、「ナマの声」は時々すごく人に刺さったり、人の気持ちに影響を与えるものでもある。だけど同時に、その瞬間に感じた自分の「リアル」でもある。SNSでの発言を「発信」と考えれば、「ネガティブなことは避けましょう」みたいになるけれど、それだけやってしまうと、ナマの声が死んでしまう。それは自分の感覚が鈍くなることのような気がして、このバランスをずっと難しいなと思っている。

「発信」を考えた言葉は受け取りやすい。もちろん発信の中にも色々な種類があるけれど、人に伝えることを意識している文面は受け取る側にも余裕を持たせてくれる。柔道の「受け身」みたいなイメージだ。

一方で、わたしはSNSに散らばる「ナマの声」を、「わるもの」にしたくないなと思うのだ。SNSでの声を利用されてしまった事件も起きた。SNSの使い方を気をつけましょう、みたいになっているしそれはとても重要なことだと思う。複数アカウントを持つことも特別なことではなくなってきたから、いわゆる病みアカを持つ人も増えただろう。わたしも内容によっては使い分けたりしている。

特に、悲しい・寂しいといった感情の扱い方は難しい。人との距離が生まれてしまうこともあるし、それで余計に悲しい気持ちになったりもする。

でも、その時感じたことを「ナマの声」のまま表現することも大事にしていきたい。SNSにつらさを吐き出している人のことを、少しやさしく見守りたい。自分がつらさをたくさん書きまくっている人だから。

見守ることはアクションに限らない。フォローやいいね、リプがなくても、見守ってくれてる人は思った以上にいるものみたいだ。

ナマの声は、下ごしらえが難しい。加工も難しい。だけど正直な気持ちから生まれた声は、きっとその人やその人の言葉を味わい深く豊かなものにしてくれると思う。

自分の気持ち(特にネガティブな気持ち)を忌み嫌いたくないなあ…でも表現が難しいなあ、ってずっと思ってて、少しふわっと形にしてみました!各種リアクションいつもありがとうございます(^ω^)励みになってます!

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👉 人のつらさを他人が決めない


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Minako Masubuchi / Artist

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