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すべてをなおしてよ

毎週50分通っているカウンセリングは、時間が決められていて、その中でしか話すことができない。あとで「あのことも話せばよかったな」と思ったり、1回の治療でスッキリするところまでたどり着かなかったりする。

一度「この部屋ではなんでも話せるけれど、この部屋を出たらひとりの30代女性として振る舞わないといけないのがつらいです。ずっとここにいるか、自分の精神相応の年齢の振る舞いをして生きたい」とカウンセラーさんに伝えたことがある。

先生は治療室でだけ話せる話をわたしとだけ共有してくれるとともに、時間になると穏やかに会話を切る。それがいつも悲しかった。

先日(6/16、父の日)誕生日を迎えた翌日も、カウンセリングの時間があった。毎年わたしは誕生日がくるのが憂鬱だ。若くなくなるのが嫌だとか、そういったモチベーションとはたぶん随分違う。年齢を重ねて早く死を迎えられるならそれがいいと思うし、今の年頃だからまだ「できる」という可能性にとらわれて、自分のこの病気を抱えたままではできないことに変に憧れを持ってしまうから、それを潰していきたいのだ。

そんなことを思いながら先生に「昨日、誕生日だったんですけど、毎年誕生日って憂鬱なんですよね」と伝える。先生はなぜ?と質問してくるので、「こんな35歳になるつもりじゃなかったみたいな後悔もあるし、またわたしはちゃんと大人になれなかったみたいな気分になるんです」

そういったら先生は「確かにあなたは自分の子どもの頃から抱えているようなこともあるから、そこと実年齢がどんどん離れていくのは不便でしょうね」と言ってくれた。

それからまたあれこれ話をして、そしてまた50分で治療は終わる。自分の傷のある部分を自覚して終わるカウセリングが、一番つらいかもしれない。

家族や友達から誕生日のお祝いメッセージをもらった。もう3日も経つのに、返してすらいない。どんなにお祝いしてもらっても、祝われることが申し訳なくて、ただ未読バッヂを見ないようにしているだけにしてしまう。

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きっと生きてまた会えますように
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Minako Masubuchi / Artist

Artist, JPN よくしゃべる芸術家です。生きづらい民。趣味は外国語と歌です https://instagram.com/minakomasubuchi_jpn