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最後の晩餐に、食べたいものは

「もし明日死ぬとしたら、最後の晩餐に何が食べたい?」

夫と二人で床に転がりながら、二人それぞれ宙を見てぼんやりしていると、ふとそんなことを聞かれた。

「いくら!」

わたしは元気にそう答えた。
小さい頃からいくらが大好きだったし、最後の晩餐といえば豪華なものや大好きなものを食べるものだ。だから、好きなものからいくらを選んだ。

夫もそうだろうと思って、どんな豪華なものが食べたいのか聞いてみた。ウニだろうか。実家で一緒に食べたフグだろうか。普段食べない牛肉だろうか。

ところが、夫はぽつりとこう言った。

「俺は、いつも通り、君が作った料理が食べたいな」

わたしはびっくりして夫の横顔を見て慌てて言った。

「いつも大したもの作ってないじゃん、品数も少ないし、そもそも家で料理作れるときも少ないし…」

夫は変わらず宙を見たまま「うん、でもなんでもいいから、君の料理が食べたい」と言った。


たくさんの失敗を重ねてきたわたしの人生。自分の理想には一つも届かないまま、縁があったおかげで結婚できただけのわたしは、結婚生活でもいつも「良い妻」ではないと思っていた。それがすごく申し訳なかった。

わたしの料理は、たぶん下手ではないけれど、特別おいしくもないと思う。豚肉や鶏肉と、ありあわせの野菜を、ただ炒めたり煮たり。調味料で和風っぽくしてみたり、イタリアンっぽくしてみたり、それくらいだ。

見た目もふつう。「インスタ映え」もしない。わたしの料理は、名前のない、ただの「食べれるもの」だ。SNSで見る華やかな食事には何一つ敵わない、ただの「食べれるもの」。

それを、人生最後の食事に食べたいと、夫は言う。

なんて変な人なんだろう、と改めて思いながら、その言葉の大きな想いに改めて泣けてきて、後で一人でこっそり涙をぬぐった。


何ができるとかできないとか、料理が凝ってるとか凝ってないとか、そういうことじゃないんだな、と思った。言いようもない、ありがたいような、やっぱり申し訳ないような気持ちにつつまれて、わたしはできるだけいつもの「食べれるもの」を作って二人で食べる日を大切にしようと思った。それ以上のことは何ができるか、わからないけれど。

きっと、また洗い物をシンクに貯めて、見かねた夫に洗ってもらうだろうけど、それでも「食べれるもの」を、できるだけつくるね。

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最後の晩餐に、食べたいものは

Minako Masubuchi / Artist

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Minako Masubuchi / Artist

Artist, JPN / Artist, JPN 視覚と音楽や文章、感覚全てを使って日本の生きづらさを突き抜けたい https://instagram.com/minakomasubuchi_jpn

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