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「ばあば」になった母への自分勝手な安堵感

今年、弟夫婦に子どもが生まれた。両親にとっては初孫で、わたしにとってもきょうだいの子どもは初めての存在だ。先日のこどもの日、実家で一家が集まる機会があり、わたしははじめて弟の子どもに会った。まだ首も座らない赤ちゃんだ。

まだ2ヶ月ちょっとの赤ちゃんを囲み、一家のあいだに微笑ましい空気が漂う。小さな小さな手は指が長くて、将来はピアニストになったらいいんじゃないかなんてみんなで話す。そんな中、わたしは母に「あなたが生まれたときの手はもみじまんじゅうみたいだったのにね」とからかわれて、お父さん譲りだからわたしのせいじゃないなんて言う。

自分の子を愛おしそうに抱っこした弟が、自然に「ほら、ばあばに抱っこしてもらう?」と子に語りかけたあとに母を見る。

ああそうか、母は「ばあば」になったんだなと、急にドキリとした。今まで30年以上、わたしにとっては「母」だったのに。もちろん、わたしたちの関係は母娘のままなのだけれど。

「ばあば」になるのはどんな気持ちだろう。自分自身が子どもを産んで母になるというのは、子どもを産んだことのないわたしにも少し想像がつきそうではある。でも、母は自分の子どもが子どもを産んで、自動的に「ばあば」になったのだ。もちろん嬉しいだろうけれど、同時に少し寂しくもあるんじゃないか、なんてあれこれ思う。

それでも、わたしはなんだか肩の荷が下りたような気持ちになっていた。全員の注目を一身に浴びる赤ちゃんを見ながら、わたしは自分の存在が薄くなっていくことに安心感を覚えていた。

子ども時代、母にわがままをうまく言えず、自分を抑圧して過ごしてきたわたしの空っぽの子ども時代を埋める治療は簡単にはいかない。毎週カウンセリングルームで涙をこぼしながら母のことをたくさん話す。だから、母が「ばあば」になってくれてよかった。母と娘ふたりだけの世界からの逃げ道が見えたように思えた。

新しい家族が増えてお祝いムードの中、自分勝手な安堵感で、いつもより穏やかな気持ちで両親と話した。

もうわたしは母のことを考えなくていい。母を恨んでもいい。「ばあば」になった母は、もういい大人の娘であるわたしに「子どもの大事な頃に甘えさせてあげられなくて申し訳なかったって思って」言ってくるけれど、わたしはそんな母を許すことしかできない。小さい頃からずっとそうだった。

だから、母が「ばあば」になってくれてよかった。早くわたしは空気になってしまいたかったから。

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Minako Masubuchi / Artist

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コメント2件

母がばあばになって感じられたことなど共感しました!わたしは姪にべねおばさんと呼ばれて複雑な気持ちです(笑)
Keyaさん、共感してくださってありがとうございます^^
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