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インスタントになってはいないか

先日、ジェルネイルのオフをリスケしまったら、モカベージュのカラージェルの下で、自爪にヒビが入っていた。ネイリストさんは「絆創膏とかで保護して、引っ掛けないようにしてくださいね。血が出ちゃうかもしれないので」と作業の手を止めずに言った。

いつもは前のジェルを落としたらそのまま新しいデザインに新しくするのだけど、サロンに通い続けるのも少し疲れたのでしばらくおやすみすることにした。自爪(しかもヒビが入っている)が新鮮に感じる。思えば、ネイルサロンに1年も通い続けていた。

爪を保護しようと、家の薬箱で絆創膏を探す。ふと、以前の靴擦れで使ったアンパンマンの絆創膏が残っていることを思い出した。爪の周りにそれを巻く。子供用なのでサイズはぴったりだったが、指先にアンパンマンを身につけている34歳はなかなかだろう。夫は「本当にその絆創膏でいいの?」と半笑いでこちらを見た。

もう一度カラージェルを塗ってもらってガッチリ固めてもらう方法もあった。ヒビの入った爪は服にひっかけないように気を使ってめんどくさいし、保護する絆創膏はアンパンマンだしで、なんだかトンチンカンだ。でも、なんだかこの不自由さは今の自分にとって必要な気がした。

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秋に体調を崩してから、Twitterに張り付いて見る習慣がすっかり抜けてしまった。タイムラインは気が向かないとほとんど見ないし、自分の投稿も数日に1度くらいになっている。思うことをすべて投稿していたときは1日に100件以上の投稿をして、他の人と頻繁にリプライを重ねることも日常だったのに。

今でもTwitterは好きだし、Twitterが縁でつながった人たちも変わらず大事に思っている。でも、インターネットの宙に浮いた彼らの発信を全て見る必要もないし、反応する義務もないのだ。

こんな風に思うようになったきっかけは、スケジュール管理をアナログに変え、更に紙の日記を書き始めたことだったかもしれない。自分の思いを全世界に発信するばかりでなく、自分一人でそっと紙のノートに綴る。その中からTwitterの投稿に転用することもある。でも基本はほとんどしない。紙の上に手書きで並んだ気持ちは、わたしだけのものだからだ。

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インターネットは便利だし、たくさんの人に思いを伝えることもしやすい。反面、予期せぬ結果になることもあるのだけど、今までわたしは目先のことばかり考えてTwitter(インターネット)を使っていたような気がする。ひどくインスタントな感覚。

紙に綴る思いを大切に一人だけで抱えるようになったのは、自分だけの場所が欲しかったのかもしれないと思う。紙に書いたことはアップしない限り他者に見られることはない。でも、それがなんだか自分の部屋のようで、安全で、心地いいと感じる。

毎朝の日課にしている日記を、今日も書き終えた。書くものに他者の目線が完全に届かないとは思わない。それでも、インスタントにフリック入力で発していたインターネット上の言葉より、ずっとその時々の自分が現れている気がして、それは自分を見つめることに繋がるのではないかと思っている。

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人生を生き直す長い旅をしています。お返しは何もできないかもしれませんが、旅のおともにいただけたらとてもありがたいです。

きっと生きて会えますように
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Minako Masubuchi / Artist

Artist, JPN / 何が出るかな何が出るかな / 生きづらさの末に精神障害診断 / 4歳くらいからピアノ10年、学生時代は体育と英語が得意、数学ダメだけど証明問題は好き https://instagram.com/minakomasubuchi_jpn

コメント2件

同意!!
手帳に書く日記は、心の整理につながっている様に思えて習慣になってるよー
私もスマホは持っていますが、ふと浮かんだことは6×9cmのミニ手帳にメモります。ものすごくラフな体験ですが、それでも「紙に書く」行為って何かを感じさせてくれます。
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