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冷たい頬に、わたしは触れられるだろうか

おじいちゃんが亡くなったとき、出棺の前に、おばあちゃんは愛おしそうにおじいちゃんの頬に触れた。

まるでおじいちゃんが生きているかのように、そしてそのままそっと口付けをするような気さえするほど、亡くなってもなお愛していることが伝わってくるような光景だった。

それはわたしは小学3年生か4年生のときだったと思うけれど、今でも強烈に覚えている。

かわいがってくれるおばあちゃんは大好きだったのだけど、いつも怒鳴るおじいちゃんはこわかった。だからおじいちゃんの訃報を聞いたときも、正直、学校を休んでおばあちゃんに会えるのが嬉しかったぐらいだ。ひどいけれど、それくらいあまり深く考えていなかった。

それでもそんなわたしも、和室で眠る冷たくなったおじいちゃんの姿を見ると急に現実感が湧いて、どうしようどうしよう、と落ち着かないまま部屋をあちこちウロウロした。

お葬式では、あんなにこわかったおじいちゃんだったのに、わたしはたくさん泣いた。おばあちゃんは気丈に振舞っていて、出棺の前にやっと涙をこぼした。


そんなおじいちゃんの12回忌を終えると、ホッとしたかのように、おばあちゃんも亡くなった。がんが見つかってから、あっという間だった、

おばあちゃんのお葬式のとき、今度はわたしが棺の中に眠るおばあちゃんの頬に触れた。冷たい頬の感触を確かめた。おじいちゃんはとっくにもういないけれど、わたしがおばあちゃんを愛しているよ、と伝えたくて。


そして思う。もし母が亡くなったとき、わたしは同じように母の冷たい頬に触れられるだろうか。あるいは、わたしが先に死んだら、母はわたしの頬に触れてくれるだろうか。

精神分析を進めていく中で、母への叶わなかった思い、甘えられなかった葛藤などをどんどんと吐き出す経過になっている。わたしの心の抵抗は強い。大好きだと、憧れていると、周囲に言っていた母のことを、本当は憎んでいた自分に気づいてしまったから。

わたしはちゃんと母を愛せるようになるのだろうか。それがわからなくて、こわいんだ。

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冷たい頬に、わたしは触れられるだろうか

Minako Masubuchi / Artist

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Minako Masubuchi / Artist

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