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味音痴なりの味覚の変化

気がつかないうちに、父親の癖が出始めていた自分に気づいた。

味音痴だと思っていた自分に、調理師の父親の癖が出ているのは、自分でも興味深い変化だなぁと思う。味音痴で悩んでいたこともあったけれど、母親に「でも素質はあるはずだよ」と言われていた意味に近づきつつある気がする。


父は何かを食べるとき、口の中で歯や舌、口内の感覚を使って食べ物を転がすようにしながら、味や食感を確かめてしまう癖がある。クチャクチャ音を立てるような食べ方に近い。目線はどこか宙を浮いていて、その料理(食べ物)を作った人が目の前にいてもやってしまう。

父はそれですぐに味が分かった後は(父が美味しいと感じたかどうかは別にして)普通に食べるし、お酒も飲む。ただ「場を楽しむ」ときは、調理師としての「味覚を確かめる癖」を無意識に殺しているのだと思う。

TV番組で調理師がグルメ批評をするシーンはよく見かけるけれど、「一流の調理師」は父ほど「時間をかけている」ように見えない。調理師としてのスキルも関連するかもしれない。でも父を見ていると「料理としての味」はたぶん瞬時に分かっていて、「なぜこうなっているのか、どういう意図か」みたいなことをシンプルな好奇心で知りたいから時間をかけたくなってしまっているのかもしれないと思う。

父が、誰かが自信を持って作った料理を批評する立場にあったらまた違うのだろう。

TV番組で見る調理師の批評は、作り手の意図も説明されていることが多々ある。だから「料理としての味」を判断するに留めているのだろうし、解釈の説明も最低限にしているだろう。(その説明でも人にとっては十分なヒントになると思うけれど)タレントのグルメレポは別の意図があるはずなので以下略。面白い人がいてもカットされているかもしれない。


わたしは味音痴にずっと悩んでいた。

「おいしい」が広いのだ。お店についても詳しくないので、人と食事をするときは「好き嫌いないんで何でも食べれます〜!でも辛いものは苦手なんで、そういう感じじゃなければお任せしたいです」と言うと楽だった。お店を選んでくれる人も「唐辛子系以外」ということで多少は選びやすかったのではないかと思う。

要は、わたしはずっと「体が受け付けないもの」以外は「ふーんこういう味なんだ」という感じで食べていた。味覚に敏感だと自負していた昔の友達には「それが信じられない」と言われた。「自分の中で違う味」と思ったらそれは「嫌い」だと。今となるとそれは「自分に正直っすね」くらいに思うけれど、当時はめちゃめちゃ凹んで、自分のことを「おいしいが広いからハッピー野郎です」とか言っていた。

わたしにとって「体が受け付けないもの」は「唐辛子系の辛さ」だった。激辛好きの人に話を聞くと、辛さは体質異存も強いと知った。「てめぇは『カレーの王子様』でも食ってろ!!」と言われて笑ってからは、無理して食べていない。

他に苦手だと思っていたものは、ワサビと苦いもの。
ワサビは少しずつ大丈夫になっていって今はむしろ好きだし(配分が肝だなぁとは思う)、最近はアイスのブラックコーヒーが面白い。お酒はビールだけが苦手だった。苦味と炭酸がキツイ。居酒屋で「ビールの人!はーい!」ってたくさん手が挙がる中に混じれなくて、スイマセンという感じでカシスオレンジの氷をくるくるする。ほぼジュースなことも多いと気づいてはいたけれど、それでもビールは飲めなかった。

そんなビールも、夏の海で飲むというシチュエーションで初めて美味しいと思った。ホワイトエールやニュートンなど飲みやすいビールがあることも知った。


去年、イラストレーター中心の活動の中で、グルメライターのお仕事をさせていただいていた時期があった。10軒以上は担当させてもらったかと思う。編集の方にもいつもたくさん依頼をしていただいて、お店の方も喜んでますよと聞いて嬉しかった。

この時気づいたのは、「味に集中しようと思えば味覚は研ぎ澄まされるんだ」ということだ。実際にこのことを人に話している動画もある。

わたしのレポートの中での語彙はともかくとして(全記事で多分「神…!」とか言いまくっていると思う)この味をどう表現するか(言葉にするか)ということに集中すると、味や食感、お店の雰囲気、料理や内装のコンセプトもデザイナーとしての目線を使って見れる気がして面白かった。


先月あたりに「視覚と聴覚のバランスがとれなくなった」と感じた時期があり、音楽を楽しめなくなったのがかなりショックだった。脳に届く他の何かが欲しくて、とにかくキツイ飲み物を探して飲んでいた。家ではリンゴ酢の水割り(わたしの飲み方だと酢が多すぎて危ないと言われたけれど)やブラックコーヒーを飲んだし、コンビニでレモン系の飲み物を買って飲んでみたらヨーグルトが入っていて「これじゃねぇ!!」となったこともある。

元々わたしは甘いものが大好きで依存に近いほどだったのに。そういえば調理師の父も甘いもの依存がひどかった。今となれば確かに甘いものは脳にダイレクトに「養分」が来る感じはする。


視覚、聴覚、味覚の程度が自分で把握できるようになってきたかもしれない。

嗅覚もいい方だと思う。鼻炎持ちなので普段は効かないけれど、香水が好きだ。新しい香水にしたいときはブランド関係なくあちこちで嗅がせてもらって回る。でも昨日までサイコーだった香水が、今日の気分では「なんだこれ…」みたいに変わってしまうこともある。1,000種類くらいの香水を格安で手に入れて、気分で選んでつけたいくらいだけれど、置き場所に困るなあ。


それから、おばあちゃん(調理師の父の母)は茶道の師範だった。小さな頃に一連の所作を教わったことがあったけれど、正座ができなかったので途中でわたしが転げているところを笑って写真に撮ってくれたのは覚えている。

今改めて、おばあちゃんのお茶を飲んでみたいな。もうこの世にはいないのでアクセスは難しそうだけど、茶器も持っていくので、最高級の玉露とか使って欲しい。


今はウォーターサーバーの水を飲みながらこれを書いている。お昼に食べたうどんは、好みでタレを足せるようになっているけれど、今日はごくわずかにかけてみた。そのほうが元々の味が引き立って美味しかった。その場で父の癖を思い出し、noteのアプリで出だしだけ書き、今やっとここに至る。

体を動かすようになった最近は、「肉が食べたい」と思い始めた。コンビニでカルパスを買ってみたけど、ぬるっとした余分な感じの油が気になった。

今日もこれからまた別の場所に出かける。今度は違う肉を食べてみようかな。


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人生を生き直す長い旅をしています。お返しは何もできないかもしれませんが、旅のおともにいただけたらとてもありがたいです。

きっと生きて会えますように
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Minako Masubuchi / Artist

Artist, JPN / 何が出るかな何が出るかな / 生きづらさの末に精神障害診断 / 4歳くらいからピアノ10年、学生時代は体育と英語が得意、数学ダメだけど証明問題は好き https://instagram.com/minakomasubuchi_jpn
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