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「名称未決定」なアタシ

深海にいる気分だ。今までも幾度となく味わってきたのとはまったく別の深さに潜りこめそうな気がする。もっともっと、もっともっと深く、深海魚にもタイタニックにも興味はない。ただ深く潜っていきたい。体が弾け飛んでもいい。

「彩ちゃん、すごい才能だね!」「歌がうまいね!」

アタシは、そう言われる度に胸が捻れ焦げそうな思いをしていた。それでも「いえいえ、まだまだです〜でも嬉しいです〜」と笑顔で応えていた。笑顔でそれっぽく振る舞うなんて何でもない。簡単だ。

だって今までの人生全て、いつでもどんなときでも、アタシはそのシチュエーションに合わせて振る舞うことでしか生きられなかった。演技の経験があるかって?そんなのあるわけないじゃない。アタシはただコンビニでバイトしながら歌を歌ってるだけよ。何のプロでもない、ただの社会不適合者。

振る舞うことは生きるためのツールの1つにしか過ぎないの。ただ、演技で例えるなら、ノーカットで27年間、その場その場で切り替えるだけって感じかしらね。

なんでできるかって?



小さな頃から歌が好きだった。アタシは覚えてないけど、滑り台のてっぺんでただひたすらに「チューリップ」を何度も何度も歌ってた、とおばあちゃんに言われたことがある。

そのおばあちゃんには、「あの子は難しい子だよ」って言われてたみたい。どこで感じ取ったのかしらね?まあアタシはどこにも居場所がない感じはあったのかなくらいは思うけど。

そういえば、おばあちゃんの家から帰るときだけはどうもうまく気分がコントロールできなかった。夏休みも冬休みもまあ、もう前日の夜から新学期が始まるまでずっといたくらいよ。でも帰る日が近づくにつれ、そうね…音楽でいうとデクレッシェンドみたいな感じかしらね。多分ひどく極端な角度で落ち込んでいったから、1オクターブくらい一気に下がる感じだったのかな。

「帰る日まであと3日、2日、…」っってどんどんそわそわしているのを感じて、当日になるともう頭がどうにかなりそうだったわ。死んでしまいたいくらい。
アタシの荷物をまとめ始めるおばあちゃんの動きを感じると、もうとにかくここから離されるのが嫌で、トイレに引きこもったのは覚えてる。震えながらじっと耐えて、おばあちゃんが「コンコン」って話しかけてくる。それからは泣きながら「帰りたくない!帰りたくない!」みたいに叫んでた。なんだか自分の体を左右から引き裂かれるような…処刑では馬とか使うんだったかしら。身体で例えるならそんな感じ。でも、おばあちゃんがどうやってアタシを説得して家に帰らせたのかは知らない。もう聞けないのよ。会えないから。どうしたらあの世界に行けるか、そんなことばっかり考えてた。

おばあちゃんが電車で一緒に連れて帰ってくれることもあって、そのときは知らないお姉さんに「きょうね、彩ね、おばあちゃんとおうどん食べたの!」みたいに話しかけてて「カワイイ〜」って言われてたとかおばあちゃんから聞いたけど、覚えてない。
車でアタシの父親が3時間の道のりを運転して、延々アタシが泣き続けていたのは覚えてる。でも他に誰も泣かないのよ?妹の一花だっておばあちゃんのことが大好きだった。いつもお手玉をして遊んでたし、一緒に「あずきとぎばあさん」っていう怖い話?をおばあちゃんから聞いて、きゃー!って怖がって笑ってた。でも帰るとき、なんていうの…普通っていうの?アタシみたいになんないのよね。なんでなのかしら。一花もおばあちゃんのこと、大好きだと思うんだけどな。

そういえば中学の合唱コンクールも好きだった。アタシはソプラノもアルトも歌えたけど、「ボヘミアの川よモルダウよ〜」で始まるあの曲が特に好き。ピアノ前奏の最初の瞬間からもう一瞬で恋に落ちた感じ。もしピアノが弾けるんだったら弾いてみたかった。あの深く淀みながら沈みつつ、まさに川のように滑らかに流れる感じが出せるまで、どれだけ頑張ればいいのかしら。できるかしら。中学のときの同級生の恭子ちゃんの演奏がよかったのかな。わからないけど、あんな風に弾けたらなってずっと憧れてるの。

あっ、そういえば、いつも抱きしめて歩いていた猫のぬいぐるみは、おばあちゃんの家から帰るとなるとすっかり頭から飛んじゃう感じで、でもその子がいないとそれもそれで息ができない感じだったから、何度となく引き返してもらったことがある。すっごく時間がかかっちゃうからつらい気持ちでいっぱいだったんだけど、おばあちゃんの家から離れるのも、猫のぬいぐるみがいないのも、たぶん同じくらいつらかった。泣きはらした目で新学期に出ると、「どうしたの?」って友達が聞いてくる。おばあちゃんの家から帰るのがつらくて、いつも泣いちゃうっていたら不思議な顔をされた。



俺はいつも不思議に思っていた。小さな頃から俺のおふくろによく世話になっていたとはいえ、娘の彩が他の場面でこんなに狂ったように泣き叫ぶことはなかった。最初は息ができるのか心配になるくらい嗚咽しながら泣いていたけれど、少しずつ治まってくる。そこでやっと、「ねこちゃん忘れたかもしれない!!!ねこちゃん!ねこちゃん!」と言って慌て出し、おふくろの家にあるかもしれないから「お願いお願い!!」って泣きながら頼んでくる。それが、自宅に向かって運転し始めて、2時間くらいのタイミングだ。

おふくろの家は群馬だ。でもどうしても引き返さなければいけない、と諦めざるを得ないくらいの勢いなので、なんとか運転する。おふくろの家につき、猫のぬいぐるみを抱えるとホッとするようでうっとりした顔で抱きしめていた。そうすると、少し泣くくらいで自宅の千葉まで帰り道を過ごしていられるみたいだった。だからせめて猫を忘れないようにって言っても、それもできない感じだった。

最初にそのぬいぐるみをデパートのおもちゃ売り場で見つけた彩は、キラキラした目で「この子がいい!」ってねだってきてきたので買った。いつもどこでも抱きしめて歩くからどんどん毛が縮れてくすみ、ピンと張っていたヒゲは焼け焦げたみたいにくるくるになり、中の綿もヘタヘタだった。それでも抱きしめていた。そんなに大事そうだったのにどこかで失くしてしまったようで見つからず、また泣き叫んで同じものを買った。なぜ彩があのぬいぐるみでなければ駄目だったのかはわからない。でもあるタイミングでピタッと抱きしめて歩くことをやめた。確か子供会か何かの林間学校のときだ。それもなんでだったんだろう。

でもあのクタクタの猫のぬいぐるみをおふくろの家で見つけ出し(いつもおふくろと一緒のベッドに眠っていたので、布団をめくると見つかることが多かった)そこからまた自宅に戻るころには渋滞のタイミングになることもよくあったから、8時間くらいかかったかもしれない。妻は大きい車の運転が苦手で自信がないと言うので、俺が運転するしかない。途中途中でコーヒーとタバコで休憩をはさみ、家につくと倒れるように眠っていることばかりだった。おふくろの家から帰るときだけ彩があんな感じになるので、元々吸っていたタバコの本数が増えていった。そろそろ健康に差し障ると思うけれど、彩のためには仕方ない。親として、耐えなければ。俺はあまり仕事が続かないから、妻の収入の方が多い。それでも一軒家には住めなかった。

彩は猫以外の動物にも興味があったようで、分厚い動物図鑑を何度も何度も繰り返し見ていて、なぜか単語カードに動物の名前を書いて、裏にはカタカナで英語表記をしていた。ローマ字を覚えた頃、とんとん、と俺の部屋のふすまを叩いて「ねえ、虎ってタイガーだから「Taigaa」かなと思って図鑑を見たんだけど、「Tiger」って書いてあった。なんで違うの?って聞いてきた。それは英語だからだよ、といったものの、「ふーん?」といまいちピンと来ていない感じだった。やがてハムスターを飼い始め、どんどんケージが増えたかと思えば今度はセキセイインコを2羽飼って、遠くから名前を呼んで彩の指に止まるようになってとても喜んで見せてきた。でも、突然インコの1羽が死んでしまい、しかも原因がわからなかった。彩はしくしくと泣き続けた。そういえばハムスター同士が喧嘩して片方の鼻が切れちゃったとき、獣医さんに必死に助けてとお願いしていた。彩はいつも色々なことに興味を持っているようだけど、感情の起伏がとにかく激しいのがつらそうだった。

一方で、彩の妹の一花は、「おばあちゃんばいばーい!またくるね!」という感じで笑顔でおふくろに手を振っていた。性別も一緒だし、歳も2つしか離れていない。俺もなぜ姉妹でこんなに違いがあるか分からなかったが、たぶん家族みんなわからなかったのだと思う。あの異常に泣き続ける彩の声がいつ治まるのかわからないまま運転するのはつらい。でもどんな言葉をかけても効果はなかったから、みんなただ黙るしかなかった。沈黙に響く泣き声は、死んでしまうんじゃないかと思うくらいでこちらまでつらかった。

でも、おふくろの家に行く時は、リアガラス越しに一花と二人でキャッキャ言いながら、後続車の知らない人に手を振ってみてるということをしていたので、社交的なのかなんなのかわからない。
とりあえず手を振って相手が笑ってくれたら「じゃん、けん、ぽん!」という感じでジェスチャーでじゃんけんをしたりしていた。後続車なので、当然言葉は届かない。しかも知らない人だ。勝ったー!って両手を広げて喜んだり、負けたあああーって頭を抱え込んだりするのも楽しいようで、それに相手が反応してくれるとコロコロ機嫌よく笑った。じゃんけんをしていた相手が別のルートに行ってしまっても、じゃあねー!って感じで手を振るし、手を振って無視されても「一花〜、あの人はじゃんけんしてくれなそうだね、違う人が来るまで待ってみよっか」と、特に誰にこだわっている様子もなかった。ここだけ見れば一花と姉妹なのだなと思うけれど、おふくろの家から帰るときだけは真逆になる。


わたしはおねえちゃんがよくわからない。おばあちゃんの家から帰るときもそうだし、なんだか変わってるっていう感じっていうか、わたしのおねえちゃんだな〜って思う時と、まるでまったく別の国からきた人みたいに思う時がある。わたしの名前は文字通り「ひとつの花」で一花だけど、おねえちゃんは彩。お母さんは「彩にはいろんな色がある子になってほしいって名付けたって言ってた。あたしは一つの花なだけだから別に大したことないのに、なんでいろんな色がある「彩」って名前のおねえちゃんが、いつもなんだか苦しそうに見えるのが分からないんだよなあ。なんであんなに自信がない感じなんだろう。

そういえば、子供会のバレーにおねえちゃんが入ったことがある。最初の練習までには遠足の前みたいに「まだかな〜まだかな〜」って言っていたのに、すぐに辞めてしまった。おねえちゃんより年上のおねえさんに、ちょっと笑われただけみたい。そういえばおねえちゃんは漫画が好きだった。バレーの漫画も読んでたのかな?本棚には漫画が大量に並び、なかよしも、ちゃおも、りぼんも、選べないみたいで、本当は全部買いたいみたいだったけれど、絞り込めても2冊くらいだった。お母さん大変だと思うんだけどなあ。家族でレストランに行くといっつもどれがいいのかずーーーっと悩んでいた。わたしも含めて、家族全員がただ見守るしかできなかったのを、おねえちゃんは気づいてたのかな?あと、こっそり本棚の裏にちょっとエッチな漫画が隠されていたけど、言っていいのかわからなくて、見なかったことにした。



私は、彩は歌を歌えばいいのに、と思う。でも本人は「お母さん、これはただの趣味だからさ、歌手になんてなれないよー」なんて言ってくる。自信を持って、みたいなことを言ってもどうも響かない感じだった。それでもテレビでいろんな曲を聴いていて、ピン!と来る感じの曲があるのかダッとそのまま近くのレコード店に行ってすぐ帰ってきて聴いていた。あとで聴くと、探す時間ももったいないから店員さんに駆け寄って「サバイバル・ダンスください!」みたいに買ったという。消極的なのか、積極的なのか。当時の歌番組は当然、新曲がなければ同じアーティストが出ることはないのに、綾はTRFが出ると信じてワクワクして待ち、ゲストの最後まで待って出てこないとわかると、なんで出してくれないんだと怒り始める。

中でも彩にとって一番衝撃だったのは、マライア・キャリーみたいだった。「Emotions」のポップでワクワクする歌声。そしてホイッスルボイス。とにかくマライア・キャリーの曲は全部聴いていたけど、歌える歌を探していたようで、よく歌声が聴こえてきたのを覚えている。アパートの壁は薄いから、彩のためにも一軒家に住みたい。それは私の夢でもあるし、彩も自由に好きなことができるかもしれない。


いつか猫と暮らしてみたい。アタシが小さな頃大切にしてたぬいぐるみみたいなくすんだ感じの渋い色の猫がいいけど、なんでもいいわ。でもできないの。あたしはコンビニで働いてて、家にもお金を入れられないし、家はアパートだから。それに、なんでかわからないけどつらい、っていうのを誰もわかってくれないのよね。別に健康上おかしいところはないと思うんだけど…やっぱりこのつり目がだめなのかなあ。髪型変えようかなあ。ダイエット…うーん。なんかタバコ似合いそうとか言われるけど、別に興味もないのにな。なんでみんなと違うんだろう。なんかまちがえちゃったのかな。

アタシはこの世界でごく普通に、みんなのように働くことはどうしてもできない。なんでだかわからないけど、普通に生きる振る舞いだけはできないの。演技を学べばいいのかしらね?でもそんなお金もないし。

アタシは何にでも興味を持つけど、すぐ飽きてしまう。でもなんでもやってみたい。何かをして、自分でお金を稼げたらいいのに。
いつかそんな日が来るのかしらなんて思いながら、今日もコンビニ店員として、笑顔を振りまく。先輩は「いらっしゃいませ」も言わなかったりするけど、アタシはちゃんと言うようにしてる。「ありがとうございました」も丁寧に言う。だってその方がお客さんも嬉しいでしょ?

でもみんな、無表情で去っていくから、やっぱり何かアタシが間違ってるんだろうな。

誰かアタシに名前をつけて。「名称未決定」なアタシに、名前が欲しいの。

アタシの名前の由来はお母さんから聴いた。「いろんな色がある子」っていえばそうかもしれない。でも、妹の「一花」の名前になれたら違ったのかもしれない。

一番の花になりたかった。わたしは花でいうと何?それは何色?誰か、誰か、名前をつけて。息が詰まってまた苦しくなりそうになって慌ててまたコンビニ店員に戻る。コンビニ店員用の笑顔と声で。

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人生を生き直す長い旅をしています。お返しは何もできないかもしれませんが、旅のおともにいただけたらとてもありがたいです。

きっと生きて会えますように
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Minako Masubuchi / Artist

Artist, JPN / 何が出るかな何が出るかな / 生きづらさの末に精神障害診断 / 4歳くらいからピアノ10年、学生時代は体育と英語が得意、数学ダメだけど証明問題は好き https://instagram.com/minakomasubuchi_jpn
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