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Artistとして生きづらさを克服したい※一旦ストップします

「イラストレーター・ますぶちみなこ」 から 「Artist Minako Masubuchi」として生まれ変わります。

※一旦募集ストップします。

わたしは誰かに受け入れられたくて愛を渇望して依存してきたよ、だから他人を傷つけてまわってしまうし、わたしもそれで傷ついてしまう。今、自分で立てる真の意味でのArtistになるべく、長い旅の途中です。

旅の過程はすべてFacebookで全体公開しています。


(本記事のプロジェクト再開は、いつになるかわかりません)

目的は「今はもうこの世にいないおばあちゃんに会うため」です。

ちょうどわたしが美術専門学校の卒業制作の時期、わたしが大好きだったおばあちゃんが亡くなりました。当時の日記を順を追って見ていくと、様々なところからインスピレーションを受け、当時は「インスタレーション」という表現手法をできる範囲で試しました。

インスタレーションとは、場所や空間全体を作品として体験させる芸術です。

そんなに会いたいならお墓に行けばいいのでは?

と思うかもしれませんが、わたしはお墓に行ってもおばあちゃんに会えると思えないので、ずっと行っていません。結婚して5年くらい…?経っていて、夫のことも報告しないとなあ、なんて思いつつも、どうも気が向きませんでした。

おばあちゃんのお骨は確かにお墓にある。わたしの弟は結婚や子どもができるたびにお墓参りに行っているそうです。わたしもそうできたら…と思うんですが、どうもそう思えません。もちろん弟もおばあちゃんが大好きでした。

でも、わたしはおばあちゃんのちょっとしたお葉書の「お元気で、さようなら」という言葉だけでも泣いてしまっていました。


だから、わたしはこの地球上のどこにいても生きづらいのだと思うのです。


小学校の頃から夏休みも冬休みも、とにかく時間があればおばあちゃんが住む家に行っていました。

夏休みだったら1学期の終業式〜夏休みずっと〜2学期の始業式の朝に帰る、という感じ。行きはすごくワクワクして楽しみで、弟と一緒に車の後ろのガラス越しに後続車の運転手に手を振ってみて、応えてくれるようならじゃんけんをしたり。

一方で、帰るころになるとわたしだけ酷い角度で落ち込みうろたえていて、広い和室を自分の部屋のように使っていた荷物に、おばあちゃんが少し触れる、というだけでも息が苦しくなっていきました。

最終的にはトイレに引きこもってひたすら耐えて、おばあちゃんがコンコン、とノックして話しかけてくるも「帰りたくない!帰りたくない!」と泣き叫んでいた覚えがあります。


今でも親戚の間では笑い話になっています。


他の友達に聞いても、「え?なんでおばあちゃんの家から離れるのがそんなに悲しいの?」と不思議がられますが、わたしは逆に、なぜ他の友達や、ひいてはわたしの家族が、あんなに静かに過ごせていたのか分かりません。


わたしの「居場所」は、おばあちゃんのところでした。でも、もういない。だから、「会った感じ」だけでも、せめて、体験したいんです。


空の上なのか、どこなのかは分からないですが、天国に行けば会えるとも思いません。生きるのが苦しくて何度も自殺未遂をしました。でも、行ったことのない国ですぐに大切な人に出会えるか?というと、わからなくて…おばあちゃんの死に目に会えなかったことを、いまでも悔やんでいます。

お葬式の準備をしながら泣きじゃくるわたしに、親族が「みなちゃんがおばあちゃんの遺影を選びなさい。おばあちゃんもきっとそれが嬉しいよ」って言ってくれたから、泣きながら選びました。

レタッチが難しい写真だったかもしれません。でも、とてもきれいな遺影にしてくれました。


棺におばあちゃんの体を移すとき、一瞬で思いました。冷たく硬い体。「ああ本当にいなくなってしまったんだ」手のひらから、おばあちゃんがいなくなってしまったとまた嗚咽するばかりでした。


亡くなる少し前、見たことのない震えるしわくちゃの手で、弟とわたしの手を握り「この子たちは自慢の孫だから」と、か細い声で、でも胸を揺さぶられる声で言ってくれました。


「わたしはおばあちゃんの自慢の孫なんだから頑張らなきゃ」
そう思っても、今までの人生はうまくいかないことばかりです。


また、いつでも白い猫のぬいぐるみを抱えていましたが、おばあちゃんのところから離れるとなると、息ができないほど号泣してしまうのでその猫のぬいぐるみも忘れてしまうことが多々ありました。

その猫のぬいぐるみがなければそれもそれで耐えられなかったので、何時間も引き返してもらい、ぬいぐるみを抱えると少し泣くくらいで済んだ気がします。

でも、猫のぬいぐるみを抱いて寝るのも、小学校のどこかで林間学校があり「こんな年でぬいぐるみを持っていたら笑われてしまうかも」と思い、思い切って持っていかないことにしました。それで眠れたから、大丈夫だったんだと思っていました。


わたしは、自分の生きづらさをやわらげたい。


そのために、自分のあらゆる方法で「おばあちゃんに会った感じ」を体験するべく、アーティストと名乗りました。もともと生きづらさがベースにあり、その上で後天的に双極性障害Ⅱ型と診断されています。その生きづらさを和らげるような体験をしたい。

自分の経済力では限界のうちでしかできないので、とにかくチャレンジしたいです。色々お手伝いをお願いしたいのですが、まずは条件として「東京」をベースにやってみようと思います。詳細は以下です。


卒業制作のテーマは、おばあちゃんの戒名に「千」と「光」が入ることと、当時「千の風になって」が流行ったことに関連性を感じ、

「A thousand light」

という名前で提出しました。でも、その時の手法に限らず、あらゆるアプローチをためしてみたいと思っています。

ですがまずはスモールステップとして
「場所は東京」「ジェームズ・タレルのような表現に近い」ジェームズ・タレルは光という意味では近いんですが、わたしの場合はもっと「光の中を探す」みたいなイメージです。

コラボしていただいた方々、ありがとうございます

こんな素敵な #おくりもののうた をいただいたので、わたしが歌うことに意味がある…!と、夏のトイレでこもって撮っただけの歌もアップしました😇

本当にありがとうございました。おくりもののうたは、ほんとうにたからものになりました。

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きっと生きてまた会えますように
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Minako Masubuchi / Artist

Artist, JPN よくしゃべる芸術家です。生きづらい民。趣味は外国語と歌です https://instagram.com/minakomasubuchi_jpn
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