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カチカチと、お湯が出るまで

わたしが最初に暮らしていた家は、お湯がなかなか出なかった。

洗い物をする母はいつも、ぐーっと給湯器の大きなボタンを押す。しばらくするとカチカチカチ…と小さな音がなり始め、ボッと火のつく音がして水がお湯に変わり始める。母は、事あるごとに「すぐにお湯が出るシステムキッチンがあるような一軒家に住みたい」と言っていた。

ゴム手袋をし、それでも寒そうにしながらわたしたち4人分の食器を洗ってくれていた母の後ろ姿を覚えている。

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そういえば、弟に会うたび、弟の子どもの最新写真を見る。「最近〜するようになった!」と、成長は著しくて微笑ましくて、弟のカメラロールは彼の子どもでいっぱいだ。

その中に時々、父と母の写真がある。

弟に子どもが生まれ、初孫に恵まれて「じいじ」「ばあば」になった両親が赤ん坊を抱いているその姿は、まだぎこちなく見える。母なんて医療の仕事で何十人何百人と赤ん坊を抱いているはずなのに、笑ってしまうくらいその手慣れ感が見えてこない。

ふと、「じいじ」「ばあば」になるのも、あの給湯器みたいに時間がかかるのかもしれないなあ、と思った。

ボタンを押して、辛抱強く、祖父母らしくなることを待つ。

念願叶ってすぐにお湯が出る家でも、また別の何かを待たないといけないのかもしれないな。人生は、待つことの連続なのかもしれない。

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Artist, JPN よくしゃべる芸術家です。生きづらいネイティブ。趣味は外国語です https://instagram.com/minakomasubuchi_jpn
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