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「自分のことば」で話すことの喜び。精神分析患者の、心の中

前回のカウンセリングから今回のカウンセリングの間に、本を2冊ほど読んだ。

「愛着障害 子ども時代を引きずる人々」
「アダルト・チルドレン 生きづらさを抱えたあなたへ」

「愛着障害」という単語には、夫が調べてくれてたどり着いた。わたしがよく他人の愛情表現に対して困惑したり、かと思えば必要以上に愛情を求めたりする様子を見て、思うところがあり調べてくれたらしい。

スマホで「愛着障害」と調べると、自分のことが書いてあるのかと思うくらい当てはまるのでとても驚いた。

情緒面:傷つきやすい、過去にとらわれがち、白黒思考 など
対人関係:人とほどよい距離がとれない、恋人や配偶者、また自身の子どもをどう愛すればいいかわからない など
アイデンティティの問題:自分の選択に対する満足度が低い など

引用:愛着障害とは? 愛着障害の症状・治療法・愛着を築く方法をご紹介します!

アダルト・チルドレンの本は、愛着障害の本を読んでいたとき、人に教えてもらった。アダルト・チルドレンについても以前「自分もそうなのでは」と思ったことがあったので、改めて読んでみた。


今日の精神分析的カウンセリングで、その2冊を読んだことを話した。

ここのところのカウンセリングでは、毎週混乱しながら泣くばかりの自分がいて、何も前に進まないなあ、こんなことをやっていて意味があるんだろうか、と疑問を感じていた。疑問についても度々口にしていたし、カウンセリングが苦痛だけれど受けないことも苦痛だからどうしたらいいかわからない、といつもカウンセラーさんの前で泣いていた。

わたしは「生育歴に鍵があると思う」と主治医やカウンセラーさんに言われても、それがうまく受け入れられずにいた。ごく普通の家庭に生まれ育ち、母が忙しかった以外は、ごく普通に生きてきた。なのにこんなに生きづらいのは、自分のせいだと思っていた。

でも、いま思えば「自分のせいにして済むならそれでいい」と思いたかったのだろう。両親、特に母親を悪者にしたくなかった。だから「誰も何も悪くないんです、だからわからないんです」といつもカウンセリングで泣いていた。

それが、愛着障害の本を手にすると、いつの間にか読み終えていた。自分の教科書なのかもしれないと思ったくらいだった。子ども時代の環境が、大人になってもこれほど影響を与えるのだと、様々な角度から書いてあった。しかも「ごく普通の家庭」でも。


葛藤しながらも続けてきたカウンセリングの中で話してきた、些細とも思える話たちがつながる。

子どもの頃から、自分より小さな子どもや赤ちゃんが苦手だったこと。

現在、子宮内膜症の疑いがあり、子どもを授かるのが難しいかもしれないとわかったとき、少しほっとしてしまった自分がいたこと。

もし子どもを持つかもしれないと考えると、愛せない気がして怖かったこと。

子どもの頃、自分だってじゅうぶんに子どもなのに、「子ども扱いしないで!」と怒った記憶。


わたしは、子ども扱いされるのは嫌なくせに、本当は甘えたくて仕方なかった。だけど、甘え方がわからなかっただけのところを、周囲に「いい子」「よくできた子」と言われ、ますますわからなくなってしまっていたのだと思う。

だから、いつも、どうしたらいいかわからなかった。怖くて怖くて、どこにも居場所がないように感じていた。同じような人を見つけたこともなかったし、いつもどこかへ逃げたかった。消えてしまいたかった。

「小さい頃からわたしは、きっと生きるのが苦しかったんです」

カウンセリングでそう言葉になったとき、自分の言葉に自分でハッとした。「生きるのが苦しい」って、大変な状況にある家庭で育ったり、何か明確な理由がないといけないと思っていた。自分で「苦しい」と言ってはいけない気がしていた。不謹慎なような、不用意なような、そんな気持ちがしていた。

でも「苦しい」と言えたことで自分の気持ちを少し、自分の手のひらにすくい上げることができたような気がした。

そして「自分の中に、多分小さな頃の自分がまだいるような気がするんです」とも言った。


「小さな頃の自分がいる」という感覚は、いわゆる「インナーチャイルド」というものなのかもしれない。詳しい概念は、昔調べたけど忘れてしまった。でもインナーチャイルドのことを知らなかったとしても、わたしは「小さい頃の自分が自分の中にいる」と言っただろうと思う。ほんとうにそういう感覚なのだ。

ごくありふれた単語を並べた、たった一言だけれど「自分の中に小さな自分がいる」と言葉にできたことで、いつもの混乱して流す涙とは違う涙が、ぐっとまぶたに押し寄せた。

わたしは子ども時代をうまく過ごせなかったんだな、とやっと思えた。そして、だいぶ歪んだ大人になってしまったなと、これからの道のりを遠くに感じたし、いままでなんとか生き抜いてきた自分に感心するような、変な感覚もおぼえた。

今わたしは、自分をもう一度作り直す、そんなことをしているのだと思う。0から1をつくるように、畑を耕すように。33歳だけれど、土台からの、再構築。


次のカウンセリングは、祝日の関係でいつもより感覚が空く。少し心配だ。でも、カウンセリングの間を楽しく過ごすことも治療の1つなのかもしれないな、と前回から思うようになった。

どんなに拙い言葉でも、自分の言葉で話すことに、こんなに喜びがあることを知らなかった。それは自分の中で、ほんとうに「感じた」証なのかもしれない。

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Minako Masubuchi / Artist

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Minako Masubuchi / Artist

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