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人に認められるより、自分で自分を認める方が難しい

「人に認められたい」という思いは、劇薬だ。

だって考えてもみてください、自分が人を褒めるときだって勇気がいるんです。「この人の話し方、優しくて素敵だなあ」「笑顔が素敵だなあ」なんて思っても、すぐその場で言葉にできる人ばかりじゃない。

とっくに認められているのに、ハッキリした形で示されていないから「認められない」と思っているだけかもしれない。

それなのに、「人に認められること」を基準にしてしまう、そんな不安定なことはない。

褒め言葉をかけてもらったらラッキー!くらいに思えたらいいのではないか。

と思いつつ、わたしこそ「人に認められたい」劇薬のお風呂にどっぷり浸かっています。「人に認められたい」はゴールがない。たとえばこのnoteだったら、スキやコメントを何件もらったらゴール、なんてないし、上を見たらキリがないし、かつて載せてもらったことのある「編集部おすすめ」が遠く高くなっていく。

先週の日記に殴り書きしてあった文字が苦しそうに訴える。

「誰かにもっと認められたい、褒められたい。でも誰から褒められたいのか分からないよ」

一番近くに「自分」がいるのに。

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「自分」は全部見ている。まだ発表できない仕事をがんばっていることも、誰に見せるわけでもない絵を描いていることも、より良い自分になりたいと本を読んでいることも。

だけど、「自分」は自分のさぼっていることも知っている。今日寝坊したこと、約束に遅刻してしまったこと、誰かを見ていて嫉妬してしまうこと。そっちの負の感情に近いようなものを、なぜか大きく捉えてしまう。

自分で自分を、もっと認められたらいいのにな。

たぶん「慢心してしまうこと」が怖いし、「成長できなくなるんじゃないか」ということも怖いし、「誰かにバカにされるんじゃないか」みたいにも思って自分を認めてあげられないんだろう。

でも、「自分」は判断を下す人じゃない。自分の味方だ。こんなにそばにいてくれる味方なんていない。誰かに認められることはもちろん喜ばしいことだけれど、まず自分で自分を認めたい。誰かに認められるかどうかは、自分の価値を決めるほどのものじゃないのだ。


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Minako Masubuchi / Artist

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