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レンブラントになりたい

愛用しているFUJIFILM x100fのリモートコントロールを使って、自分の写真を撮ることが増えた。わたしは人にカメラを向けるのが苦手なのだ。

こんなコンパクトなカメラでも、スマートフォンでも、カメラを向けられると人は身構える。そうでない瞬間を撮るためにカメラマンの人たちはあれこれ工夫を凝らすというけど、わたしは撮りたいと思った瞬間に撮りたい。

それに、わたしは被写体の人が喜ぶような写真を撮れないと思う。自分の顔には強いシャドウを入れたり、顔もろくに化粧せずに撮っているのでアラばっかりだ。「綺麗に」「若く」「美しく」。そんな風に撮るなら、もっとライティングを工夫したり、レタッチしたりしたほうがいいはずだ。だけどわたしは自分の写真を撮りたいように撮るだけだ。これは他の人を被写体にしてはなかなかできない。人を撮る技術もないけれど。


生涯、大量の自画像を描き続けたレンブラントという画家がわたしは好きだ。自分をモデルにするというのは最も安上がりだし、思う存分時間もかけられる。鏡を立てれば描き始められるし練習台にはピッタリだ。だけど、それ以上に「その時の画家の心境」が現れる。他のたくさんの画家も自画像を描いたけれど、レンブラントほど大量に描いた画家はいなかったと聞いたことがある。

自画像以外にも使われ始めた「レンブラント・ライト」といわれる、スポットライトのようにドラマチックなライティングで、モチーフを引き立たせるのも得意だった。画家として名前を上げながら、それでも彼は自画像を描き続けた。

若い頃の顔、画家として成熟してきた頃の顔、経済状況が苦しく暗雲が立ち込める中での顔。さながら彼のアルバムなんだろうか。確かに老いていくひとりの画家。キャンバスに絵の具を塗りつけている手にもシワが増える。彼は描ける限り自画像を描き続けてきた。


20代そこそこの頃、とにかく「可愛く」なりたくて、自撮りするときに美肌アプリは必ず使ったし、プリクラで目や顔の大きさなどをいじって撮ると、一緒に撮った友達と、現実との違いに笑った。SNSに載せて「これが私です」ってやったってよかったのかもしれないが、人と会えばすぐにばれてしまう。なんとかして美しく自分を残そうとしても、虚しいだけだった。

レンブラントになりたい。

若い時も、老いた時も、裕福な時も、貧乏な時も、すべて形に残す。それは年輪のように味わい深くなって、どんな状態にあっても決して自己を見失わない羅針盤のようになるのかもしれない。

いつも迷ってばかりのわたし。今日も気力がなくて昼食を食べ損ねた。そんなわたしもレンブラントみたいになりたい。

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きっと生きてまた会えますように
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Minako Masubuchi / Artist

Artist, JPN よくしゃべる芸術家です。生きづらい民。趣味は外国語と歌です https://instagram.com/minakomasubuchi_jpn
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